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東近江市の概略

東近江市は、琵琶湖の東岸、滋賀県の南東部に位置し、京阪神と中京圏との中間にあたります。

地形は、東西に細長く、東部に御池岳、藤原岳などの山々が連なる鈴鹿山系があり、この山々に源を発して琵琶湖にそそぐ愛知川が地域の中央を流れています。 地域の中央部から西部にかけては、愛知川により形成された平地が広がり、緑豊かな田園地帯を形成しながら琵琶湖に臨み、湖岸近くには水郷も広がっています。 また南部には、なだらかな丘陵地が東西に広がり、また地域内には、箕作(みつくり)山や繖(きぬがさ)山等が点在し、豊かな自然に恵まれている地域です。

東近江市は万葉の時代から、蒲生野に伝わる歴史ロマンや全国に広がる木地師発祥の地として有名であり、中世以降は市場町や門前交通、湖上交通の要衝の地として栄えてきました。 近世には近江商人の活躍が見られるなど、様々な地域との交流を通して数多くの伝統が生まれ、文化が育まれてきました。

平成17年2月11日に、1市4町(八日市市・神崎郡永源寺町・同郡五個荘町・愛知郡愛東町・同郡湖東町)が合併し「東近江市」が誕生し、平成18年1月1日に、さらに2町(神崎郡能登川町・蒲生郡蒲生町)が加わり今日の「東近江市」となりました。

能登川地区の概略

能登川地区は東近江市の西部域、愛知川の河口南岸に位置し、大中の湖干拓地に臨んで地勢はおおむね平坦ですが、南東端に安土山・繖山(きぬがさやま)の丘陵が盛り上がっています。
開発の歴史は古く、古代において神主郷(かみぬしのごう)あるいは因幡などと呼ばれたところで、条里制の遺構も一部残っています。
江戸時代には、大中の湖に面した伊庭が、琵琶湖舟運の舟着場としてにぎわいました。

東近江市能登川水車とカヌーランド

関西最大級の水車が悠久の時の流れを刻むかのようにゆっくりと回る「東近江市能登川水車とカヌーランド」は、市民憩いの場となっています。 建造は平成3年(1991)、当時の「ふるさとと創世」事業の一環として水車資料館とともに整備されました。

ここで夏に2回にわたって繰り広げられるドラゴンカヌー大会は、夏の風物詩としてすっかり定着しています。 また、春先や秋口には市内外から大勢の人が訪れ、芝生の上に弁当を広げる姿がのどかな雰囲気を醸し出します。

連歌師・宗祗(そうぎ)法師 ※1 [1421~1502]

室町時代の連歌師に、宗祗という人がいます。 俳句で有名な松尾芭蕉は「西行の和歌における、宗祗の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり」と『笈の小文』に述べているように、宗祗を自分の先を歩いた歌の大先輩として大変に尊敬しています。

能登川・伊庭氏の出身と判明。
宗祗の出生地については、近江説・紀伊説の二つがあり、江戸時代からはなぜか紀伊説が有力となっていました。 しかし近年、広島大学名誉教授・文学博士の金子金治郎先生が、「宗祗ハ江東ノ地ニ生マレ」と書かれている『種玉宗祗庵主肖像賛』や手紙などをもとにして、その生まれを近江守護・佐々木六角氏の重臣伊庭氏であると考究され、学会でも認められることとなりました。 郷土の生んだ偉大な文学者・宗祗法師について、いっそうの認識を深めるとともに、顕彰の運動を進めていきたいものです。

連歌は和歌から俳諧へ移る過渡期に生まれた文学で、二人以上の人が一つの歌を作ることを連歌(連句)といいます。 室町時代に盛んとなりましたが、江戸時代に入ると、残念なことにさびれてしまいました。 そして、俳諧・雑俳(川柳・冠句など)にとって代わられ、宗祗も一般の人々から忘れ去られてしまいました。

【お断り】※1 宗祗の「祗」の字は、正確には「示」偏に「氏」。

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