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ふるさと百科 能登川てんこもり 【巻頭 座談会】

能登川再発見 ふ・る・さ・と

能登川再発見 ふ・る・さ・と(PDF 128KB)

【座談会】
杉田久太郎 ●能登川町長
井口 博之 ●『ふるさと百科』編集委員長
今森 光彦
一九五四年滋賀県生まれ。田園風景に囲まれた大津市郊外にアトリエを構え身近な自然を撮りつづける。「里山物語」(新潮社)など多くの著書がある。

■出版の経緯

井口:能登川で今回、『ふるさと百科 能登川てんこもり』という本を出版するということで、私が編集委員長をさせていただいています。なぜ、その本の出版に参画するようになったのかお話したいと思います。私自身、能登川町に住んで45年になるんです。その中で能登川という所を説明するのに、これというイメージが自分の中になかったものですから、いつも、「どこですか」と言われると、「彦根のちょっと手前です」とか、他の対象物から、能登川を説明しようとしたところがあったんです。そうした中でずっと生まれ育ってきて、数年前に、能登川町の水環境調査をしてもらえないか
ということを県の博物館から委託を受けまして、あらためて、能登川町を自分の足で歩いて見てまわったんです。45年間住んでいるにもかかわらず、来たこともない場所、見たことがない風景というのが結構あったんですね。あっ、能登川町って、こんなにきれいな、気持ちのいい場所があるんだな
あと。春の日なんか歩いていて、本当にわーっと気持ちが豊かになってくる。こういう感覚になれる場所が身近にあるんだということを、みんなにもっと知ってもらった方がいいんじゃないかな、そういう思いを持ったんですね。それは2年間の調査だったんですが、わずか2年の間に、どんどん風景
が変わっていくんですね。その変化というのが、ある意味でちょっと恐くなってきましてね。だからそういう変化なりを記録に残しておきたいなという気持ちになったんです。情報化時代と言われるからこそ、情報化されなかったら伝わっていかないんですよ。たとえば、東京で事故があったとか、外
国のスペインで事故があったとかいうのは、すぐわかりますけど、能登川のどこで、何が、どないなっとんのやというのは、情報化されてなかったら、全然わからない。そういう時代だからこそ、こういう『ふるさと百科』という情報メディアの一端となるものを作って、みなさんに見ていただきたいというところがこの本に関わったもとなんです。

■住民主体で

この本を作るにあたって、やはり、プロに作っていただくと、うまくきれいにできていくのは当然なんですけど、ちょっと良くなりすぎて、ああ、またこういう本かというのもある。だから、逆の発想で、私たちのまわりに住んでいる、おじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃん、そういう
人たちがどんどん登場してきて、そういう人たちが書いた素朴な文章、素朴な写真、へたでもなんでもいいんですけど、そういう中身の本を作ったんです。

■なぜ今森さんに

ところがこの本にはもう一つ目的があります。それは自分たちの町を、違った眼でも見てほしいなということです。そこをどうしたらいいかなと思った時に、今森さんの写真に出会ったんです。それで今回は今森さんに、ふるさと再発見をするというか、そういう部分をしていただきたいということ
で、今森さんのページを設けたというわけです。
今森:ありがとうございます。
井口:今森さんが写真に入られたきっかけとか、そういうところからお話を聞かせていただきたいんですが。

■写真との出会い、能登川の印象

今森:私、大津の街はずれに生まれまして、そこで育ったわけですけれども、昭和29年生まれなんで、当時はけっこう自然が残っていましてね。雑木林とか田んぼとか。とくに田んぼは、すごく多かったですね。ところが、中学生になるころから急速に田んぼがなくなっていきました。その水田環
境とともに生きものがいなくなったという感じがしますね。能登川町というのは、私にとって郷土みたいな感じがしてます。すごくいとおしい感じがして。ただ、撮影は今回初めてなんです。近江八幡とか彦根とか、湖岸はよく行っていたんですけど、能登川町はいずれは訪れてみたい町だったんで
すけれど、そのままになっていましたね。今回、総合文化情報センターができるというお話をいただいて、あらためて撮る機会を得ましてね、すごく嬉しいなと思っています。去年の暮れからずいぶん通いだしましたけども、けっこういろんな発見がありますね。何もない所ですとおっしゃったんです
けども、いっぱい宝ものがありました。ゆっくり町を車でまわっていると、ひきこまれるところがありましてね、なんか住みたくなってきました。
 今の私のアトリエは仰木という堅田に近い比叡山の麓の旧家のはずれにあるんですけど、そこに引っ越してこようと思ったのも、やっぱりほれこんだからですよ。大学生の頃その時もう写真がずい分好きだったんですけども。撮影のために車で集落の中を適当にまわってたら、迷いこみましていつ
のまにか仰木の旧家の中に入ってしまいまして、そしたら美しいたな田の広がる谷が見えたんですよ。ドアを開けたら、そこに別世界があったという感じですね。50年くらい年をさかのぼったような気がしましてね、自然のままの環境がそこに残っていて感動したのを覚えています。それから毎月通うようになったんですけど、予想どおり、生き物もいっぱいいたんですね。
 プロの写真家になったのは、学生生活を終えてから2~3年後の25歳くらいのときです。見なれた風景を新しい視点で撮るということは、写真家としてすごく大事なことなんですよね。感動しないと写真に撮れないですから。感動を持続させるということが、ぼく自身のテーマでもあるんです。仰木
の集落を見つめつづけて思うことは、古い美しい風土の中に健全な自然が宿っているということです。自然を崇敬しながら生きていたころの文化を大切にしているところには、生きものもたくさん住んでいる。人と自然の信頼関係がくずれていない風景というのは、心がほのぼのとします。
町長:里山の田園風景を、きれいに撮っておられますね。

■自然にも個性が

今森:町にはたぶん、集落ごとに個性があるんですけど、その個性が、自然の中にもあるのかなという感じがいつもしていますね。たとえば、能登川町の田んぼの畦道にいるアゲハチョウはあくまで能登川町のチョウチョであって、となりの町のアゲハチョウと少しちがうんじゃないかと。集落ごと
に人の顔がちがうように。生きものも、景観の中で一緒に宇宙を築いてるんじゃないかなという気がしてきたんですね。

■能登川町のこと

町長:能登川町も、住みよい町であると思うんです。遺跡が多く、歴史が古いということは、水が豊かで、この恵みのもとに住みついたんではないかと思ってるんです。また、きれいな水なので、「ハリヨ」という珍しい魚が住みついたり、湿地帯にはハッチョウトンボが生息しています。
井口:今回この本を作るにあたって撮影していただきました風景ですが、今森さんの写真を見て、今までとまったく違うなという感覚をうけたんですね。今森さんに較べたら、10倍も20倍も、私はこれらの風景を見てるのに、なぜこの瞬間に出会わなかったんだろうと不思議に思ったんですね。能登川町をごらんになった時どういうふうにこの町を感じられたんでしょうか。

■小川で遊ぶ子ども

今森:最初に来たときにね、小川で遊ぶ子どもを見つけたんです。最近ほとんど目にしなくなったことなので、いたく感動しましたね。いい風景に出会うと、脳みその底からかきまぜられたような感覚になり、古い記憶が立ちのぼってきます。川で子どもが遊んでいる。それも野っ原の川じゃなくて
街の中の川で。私が住んでいた大津にもあったんですね。そういう環境が。今はもうなくなってしまいましたけど。それで、子どもに近寄っていってバケツの中をみせてもらったら、ハゼのような魚がたくさん採れていて思わず喚声をあげてしまいました。
井口:それは栄町ですね。
今森:あれはすごく感動しましたよ。その前に、ぼく伊庭でコイが泳いでるところを見ていたものですから、やっぱり能登川町って水の町なんだなっていう実感をもちました。葦の原をつぶして開拓されて、田んぼにされたんですよね。古いことばで、「豊葦原水穂の国」というのがありますが、ま
さに「水の国」を象徴する風景だと思います。

■水車のまち能登川

町長:小中、大中、いまは全部開拓してますけどね、前は全部湖だったんです。地域づくりについては能登川町は観光地が少ないし、なにかしなくてはいけないということで、竹下内閣の「ふるさと創生」の時の1億円で、伊庭内湖の付近の土地を買収して日本一の水車を作ろやないかということで、
町のシンボル作りを手がけ、今は関西一の大水車ということで、PRしております。また水車のそばに資料館がありますけど、そこへ模型を展示したり、米つきしていた様子を復元したりもしてます。
今森:資料館は、場所もすごくいいとこにありますね。何度も訪れました。
町長:またここでは「ドラゴンカヌー」と呼んでいますが、ペーロン競争に似たドラゴンカヌー大会を夏に3回ほどやっていて、いますっかり定着して、能登川町の夏場の風物詩といった感があります。
「カヌーランド」には大きな水車をつくりましたが、今度の情報センターには直径3mの水車をつくることにしています。
今森:楽しみですね。伊庭の家並の中を流れる川に小さな水車が回っています。あれすごくいいですね。風景ととけこんでいるし……。あれは昔から使われていたものですか。
井口:あれは違います。昔は36カ所くらい水車が回っていたんですよ。それが全部動力源として活用されていましたから、生活の中にまったく密着していますよね。
町長:昔は米屋が、ああやって水車を回して精米しては、苦労して近江米を京阪地方に売っていたものです。それが終戦後なくなってしまって、「もったいないやないか」ということと、せっかく水がきれいなのに何か利用せんといかんいうことで。
今森:でも、水っていうのは、やっぱり生命の基礎ですからね。
井口:伊庭、福堂、乙女の集落には、「カワト」って言われるのがあってね、いわゆる川の扉、その戸を開けると自然界、その戸のこっち側は人間の世界という接点。あれって、すごく共存するのに必要な出入口なんですよ。昔というかいまも使ってるんですけど、川の水見てて、「あっ濁ってきた
なー。あ、鈴鹿の山で雨が降ったんやなー」そういうこともすぐわかるんですね。汚なかったらきれいにしようと誰しも思いますね。いま自分がここで野菜洗って汚したら、次の下の人は困るから気をつけますね。ところがいまは残念ながら、「カワト」をあまり利用しませんので、その水なり、環
境のシグナルを感じとれない。それが残念だなーと思うんですけどね。

■見るということ

今森:今までとはちがった目でものを見ることってすばらしいことだと思いますね。自分の町が美しいとか、自然がすばらしいとか言う人はたくさんいるんですけど、どうしてすばらしいかとか、なぜ美しいかと具体的に言える人って少ないと思うんですね。それが言えるようになると、ほんとに自
分の郷土を愛してることになるんじゃないかなと思うんですよ。そうするにはどうしたらいいかというと、やっぱり見ることだと思うんですね。能登川はそれぞれの小さいところにいっぱい宝物があって、そういうのを拾うことができる町だと思っているんです。それをみんなにやってほしいっていう
感じしますよね。ぼくは写真家としての仕事でいつも発見ということがあるわけですね。写真を撮るってことは見る行為なんですよ。写真って機械が撮るもんだから、パチパチ写してても勝手に撮れるんだろうと思ったら、まずそれはまちがいで、撮る人はファインダーで見たもの、確認しているものしか撮れないんですよ。見つめるという行為は、町の方それぞれが、町の中にあるたくさんの宝物をゆっくり見ていく、具体的に見ていく、そういう行為をしていただくと、新しい発見につながるんじゃないかなと、そう思ってますけど。
井口:今回、今森さんに写真を撮っていただいて、それを住民の皆さんが見ることによって、えー、こんな見方ができたんか」という感動を覚えられたら、それだけでプラスはすごく大きいと思いますよ。

■実際に体験できる場づくりを

今森:昔あった水車が実際使われるような現場が、一カ所くらいあってもいいと思うんですが。
町長:それがもう全部なくなってるんでね。
今森:そうですよね。それを復元はできませんか。それをやるとすごくおもしろいんじゃないかと思うんです。地方でとれる農産物の価値を最近感じます。米もなんかちょっと苦労した工程を経て、付加価値をつけて、能登川のお米が作られるところをみせてしまう。いまヨーロッパで地方農園を見
て回るというのがはやっていて、もう日本にそういうブームが来だしてますけども、たぶんこれから加速度的に若者とか、年のいった人間が地方を回る時代がやってくると思うんですね。
もう一つぼく思うに、同じことが言えるのが自然ですよね。最近自然公園って増えたんですけども、雑木林があっても虫がいなかったりするんですよ。それでは死んだ雑木林です。そうじゃなくてほんとにそこに生きものがいる空間を作ってほしいと思いますね。それはちょっとした自然への配慮でできなくはないと思います。命が循環する空間がほしいですね。そこの空間に入った時に自然を体で理解できる、そういうものがほしいんです。文化も自然も。水車とよく似てますね。過去の遺産を見せるだけじゃなくて、実際つかわれている所をもう一回見せて、そこから作って、それに付加価値をつけて、能登川町から出すっていう、そういう行為がほしいし、期待しますよ。

■総合文化情報センターの活用について

井口:私も能登川町というフィールドすべてが教室であってね、みんなが先生になったり生徒になったり、そういう学びの場というかそうなったらいいと思うんです。今森さんにおしゃっていただいた実際に体験したりできる場所ということで、総合文化情報センターというものを作っていただいた
んですね。そういった情報センターというものを、どういうふうに私たち住民なりが活用していったらいいのか、何かいいアイディアがあればお聞かせいただけないかなーと。
今森:やっぱり参加型でしょうか。公園とかそういうものよりもむしろワークショップ、研究会ですね。自分たちの町を何か積み上げていくような、そういうワークショップを毎回もたれていくとおもしろいかなと思いますね。そして、それを町から県の単位に発信していくっていうか、そういう何
かメディアが必要ですね。今回作られるこういう本もそうでしょうけど、もっと小さな冊子でもいいと思うんですね、その中で、町の人たちの声と外部との声の交流ができてくると思います。町の人たち一人ひとりが情報発信している意識をもつところから始まると思います。
井口:声をかけてもらおうと思えば、かけないと返ってこないのといっしょで、こっちから何かを発信しとかないと、返ってこないっていうか。
今森:それと、芸術家とか作家の講演会をするのもいいと思うんですけど、そういう人たちを囲んで研究していくという、あくまでも住民の人たちとのコミュニケーションを考えたふれあいの場がほしいと思います。一方的に話を聞くだけじゃなく、意見を出し合ってみんなで語る場って意外にない
んですよ。それとあと県外の情報を、いつも地元の人がキャッチできる、そういう場所であってほしいと思いますね。日本の動きみたいなものを、能登川町の総合文化情報センターで見られるっていう、そういう工夫ですよね。外からの刺激は新しいものの発見にもつながりますからね。自分の風土というか故郷がいかにすばらしいかが、逆にわかったりすると思うんですね。ぼく自身いつもそんな感じでやっています。
井口:発信ということは、これから非常に大事なことだと思いますね。もちろん『ふるさと百科』も発信の一つなんですけども、いろんなメディアを使って、もっともっとこの能登川町を発信していきたいなあと思ってるんです。いまはやりのインターネットとか含めてね。この滋賀県下でも十何カ
所の市町村でもうやってますね。
今森:そうですね。確かにインターネットは大きなエリアだと思いますね。
町長:能登川町では「出あい、ふれあい、語りあい」というキャッチフレーズで、魅力と、活力ある町づくりに取り組んでいます。それが若い人にもうけ、またそれを他の町村にも発信したいなということで、何かにつけてこれを合言葉のようにいっているんです。さらに今後の課題としては、保健
と福祉と医療の3つをふまえながら、これに青少年教育の面にも力を注がなければならないと思っています。施設整備は、これでほぼできたわけで、これからは中身ですね。21世紀にはばたく人間性豊かな人づくりですね。こうして今森先生とお会いさせていただき、これまでのすばらしい能登川町の写真を撮っていただいて、まさにふるさと再発見として、今後博物館に展示をしたり、いろんな場面で活用させていただきたいと思っています。
井口:きょうのこの対談の中で、今森さんにお話ししていただいた、自然界と人間とのつきあい、それを大切にしていきながら、温みのある人がふえていく、そういう能登川町にしていきたいと思っています。そういう環境づくりにはぜひ、今森さんの力添えをお願いしたいですね。
今森:でも私の力というよりも、能登川町の自然とか文化や風物がそもそもすばらしいですから。写真でいい所があるとしたら、ああこんなふうに見えるのかと、一つの見方ですよね、能登川町の美しさの再発見にお役に立てばこれ以上のよろこびはありません。
井口:今森さんには、かかりつけのお医者さんみたいな立場でいてほしいんですよ。私たちは、しょっちゅう出会っているので、わりと変化に気づかない部分があるんですが、かかりつけのお医者さんだとたまに見てもらうから変化がわかる。そういうちょっとちがった立場から見ていただければ幸いかと思いますので、ぜひ、よろしくお願いします。
今森:でも私は、今こうやって博物館と文化の施設の開館に微力ながら関わらせていただいて、能登川町を見る機会を得たことを、たいへんうれしく思っています。琵琶湖周辺はぼくの生涯のテーマになると思うんで、そういう意味でも、これから続けて見ていきたいと思っています。よろしくお願
いします。
町長:出あい、ふれあい、語りあいの中でね。
井口:今後ともひとつよろしくお願いいたします。
今森:ありがとうございました。

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